小説家ではない別の仕事で著名になった人が小説を書きました、という出来事自体はそれほど珍しいことではないけれど、このレベルの小説を書いたという事実は称賛されるべきことのような気がしました。
この本には「春、死なん」「ははばなれ」の2篇が収められていますが、ざっくりテーマがあるとすれば形が違えどどちらも家族を題材にした話であると思います。
それゆえに誰が読んでも共感しやすい部分があるのだけれど、一方でそこからどう話を面白くするのかという書き手側の能力が試されるテーマだと個人的には感じます。
この小説に関しては、お話自体の面白さもあるんですが、場面場面の描写や心情の描き方が派手ではないけれどとても落ち着いていて瑞々しさがあり、とても好きでした。
名前が出さないけれど、どの登場人物も記号的に描かれて、その役割を果たすためだけに物語に登場してくるような自分の想像力を使う気にならない小説があったんですが、紗倉さんの小説はその対極にいるような作品だったと思います。
まだ20代とのことで、これからも執筆活動を続けていくとしたら、AV界のリビングレジェンドという看板なしでも物書きとしてやっていけそうな技量と情熱を感じさせられました。
もしかしたら内容に関して人を選ぶのかも知れませんが、個人的にはとても読後感の素晴らしい作品だったので、おすすめです。